月光虫の歴史


 
  
96年
劇団翔航群の看板役者であった冬芽と、座付き音楽家の綺羅が結成した音楽ユニットネオビーナを母体とし、バンド編成後8月名古屋クラブクアトロにてデビュー。
とくぞうを中心に、クラブクアトロ、ボトムライン、ハートランド聖歌族等、名古屋を中心に月一回のペースでコンスタントにライブ活動を行う。

99年
3枚目のCD月光虫スーパーライブ、「孵化」を全国発売される。
単なるライブ活動留まらず、ミュージカルの楽曲提供や生演奏、中でも音楽と芝居が合体したライブ「永遠の向こう側」は学校公演を行い高い評価を得る。また、シリーズ化したコンセプトライブ「幻想遊園地」は、映像とのコラボレーションや演劇的な演出を試み、その独特の世界観やサウンドの完成度はもとより、小劇場からのスタッフ力により普通では考えられない演出を可能としている。

01年
二月、すべての楽曲製作と総合演出をする中心メンバーの綺羅の病気の悪化に伴い、やむなく活動休止。

02年
5月フィンランドのプログレッシブの雄、ペッカポーヨラグループの来日公演のオープニングアクトを努める。9月、翔航群メンバーとのプロジェクト「ピカプロジェクト」に於いて冬芽が役者として出演し、綺羅が全ての劇伴を手掛けた「光の庭」は、サウンドトラックCDを発売し、その主題歌がTVドラマ、「キッズウォークリスマススペシャル」のCMで起用される。(光の庭)

03年
木村有里の描き出す独特の死生観の歌詞や、他に類を見ないシンフォニックな重圧なアレンジは一部のプログレッシプファンから絶大な支持を得ていたが、より自由により革新的なサウンドを創造したいという綺羅の一存により惜しまれつつ月光中はバンドはバンド形態を終了し、新たにボーカリスト冬芽と綺羅の音楽プロジェクトとして再始動する。

05年
現在、4年の沈黙を破り、月光虫はニューアルバム「花鳥風月」(仮)の製作に入っており、子守唄のような、単純な美しいメロディーラインに、より月光虫らしい唯一無二の世界世界の形成を目指している。また、七色の声を持つ冬芽の希有な声質とカリスマ性高い存在感を生かした作品づくりで。どのジャンルと迎合することなく月光虫という新しい音楽を創り出したいと考えている。


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